奇遇

  2001年5月8日朝、新聞で今日烏山頭ダム八田与一の追悼式が有ることを知り、早速車を走らせて行って見ました。 そこで二人の日本人に出会い、「八田さんのご親戚ですか?」 とお訊ねしましたところ、「いいえ、息子が台湾に来て見たいというので一緒に来ました。 」 とお母さんの北村 峰子 様がおっしゃられました。
そしてお互いに住所・氏名をメモにとり、しばし懇談の後、別れました。  
2001・05・08

 

    北村母子、八田与一の銅像前にて 2001・05・08

 

  

  一週間後の5月15日、突然息子の裕二郎さんから 「東台湾を回って、只今屏東駅に着きました、」 と電話がありましたのでお会いしましたところ、お母さんは先に国へお帰りになられたとのことでした。 早速車で南台湾の 「墾丁国家公園」 へ案内し、その夜 「大将」 という日本料理店で一緒に食事をとりましたら、刺身は正月以来だと、大変よろこんでおられました。 公園付近のホテルへ案内する心算でしたが、ガイドブックに 「台輪」 という旅館に、日本語を話せる女中さんがいるそうだからそこに泊まりたい、と おっしゃいますので、 「台輪旅社」 に案内致しました。 2001・05・15

 

    北村 裕二郎さん、 「墾丁国家公園」 にて 2001・05・15

 

  裕二郎さんは色々と私の知らない台湾にある名所・古跡をよくご存知で、台南に 飛虎将軍廟 が有るというので、その晩インターネットで場所をしらべ、翌16日一緒に参拝してきました。 私はその日の午後パソコン教室のレッスンが有りますので、正午台南駅で別れました。 2001・05・16  
  
そして5月17日午前9時50分、「只今空港にいます、10時10分の飛行機で帰ります」、という電話があり、裕二郎さんは日本へ帰 られました。

 

    北村 裕二郎さん、台南の 「飛虎将軍廟」 前にて 2001・05・16  

 

    裕二郎さんがお帰りになった後、5月の26日裕二郎のお母さんが、ご丁重なお礼の手紙に添えて、大内塗りの立派な花瓶を送って下さいました。 20010526   今も大事に応接間に飾っています。

   

北村 裕二郎さんのお母さん、峰子様が送って下さった大内塗りの花瓶 20010526

 

 

   それから丁度二年経過した今日(5月25日)、ニュースで台湾が今 SARS に襲われ、マスクが非常に必要で有るのを御察しになったのでしょう、マスクを一箱送って下さいました。 今でもまだ私の事を覚えて下さり、マスクを送って下さ って本当に有難い! 深く感謝の意を表します。 
  
裕二郎さん、裕二郎のお母さん有難う!  20030525

 

北村 裕二郎さんが送って下さったマスク 20030525

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